新規情報伝達分子PRIPの性周期制御に
おける機能
研究代表者 松田 美穂(歯学研究院・口腔細胞工学)
研究分担者 平田 雅人(歯学研究院・口腔細胞工学)

要旨
 PRIP (PLC-Related, but catalytically Inactive Protein) は、Ins(1,4,5)P3 結合性の分子として当研究室で発見された新規分子であり、種を越えて広く存在するタンパク質である。ある種のリパーゼと似ているが、その酵素活性を持たないことから、上記のように名付けられた。我々は、PRIP遺伝子を欠損させたノックアウトマウスを作製し、 PRIPの機能解析をおこなっている。
これまでにいくつかの機能が明らかとなってきたが、このノックアウトマウスの表現型を観察していく過程で、出産頻度や一回当たりの出産子数の減少など生殖に関わる異常を新たに見いだした。そこで、生殖機構の制御においてPRIPが何らかの関わりをもつものと考え、解析を始めた。野生型に比べノックアウトマウス(変異型)では、一個体における総出産子数は半分以下であり、出産の間隔は4割ほど長かった。マウス血液中の生殖腺刺激ホルモンの測定では、黄体形成ホルモン(LH)、卵胞刺激ホルモン(FSH)ともに変異型において高値を示した。また、マウス下垂体前葉を器官培養し、刺激の有無におけるLH、FSHの分泌を測定したところ、いずれも野生型に比べ変異型では無刺激時および刺激時において有意に分泌量が増加していた。排卵数を調べるため、PMSG(妊馬血清性ゴナドトロピン),hCG(人絨毛生性腺刺激ホルモン)を用いた過排卵誘発を行ったところ、3週齢、12週齢でともに野生型に比べて変異型で排卵数の減少が見られた。これらのことから、PRIPは性周期を司るホルモンの分泌制御に関与し、卵胞の成熟過程に効いているのかもしれない。


PRIP の構造

 新規イノシトール三リン酸結合蛋白質は、当研究室で見いだされたもので、ドメイン構造はこのようになっている。ある種のリパーゼと似ているが、その酵素活性を持たないことから、PRIP (PLC-related catalytically inactive protein)プリップと名付けた。


ノックアウトマウスの生殖系に見られる変化

図1. 野生型 (WT) とPRIPノックアウトマウス (DKO) における生殖能の違い

 12週齢の野生型とPRIPノックアウトマウスについて交配を行い、一回に産む仔数や総出産仔数、出産の間隔などを調べた。
 ノックアウトマウスでは、一回当たりの出産仔数が減少し、出産頻度が少なく、従って総出産仔数も減少していることが分かった。
 

図2.野生型とPRIPノックアウトマウスにおける、体重と生殖に関わる組織の重さの比較

 体重と、卵巣、精巣、下垂体、子宮について、それぞれの重さを測定した。
子宮の大きさに違いがあり、その断面の写真を示す。内部構造については、特に大きな違いはなかった。


図3.性周期の観察

 マウスは、通常4−5日周期で生殖機能がコントロールされている。野生型とノックアウトマウスについて性周期を観察したところ、ノックアウトマウスでは周期的ではあるが、発情期が長かったり、間隔が不規則だったりしていた。

 

生殖に関わるホルモンの発現や分泌におけるPRIP遺伝子欠損の影響

図4.血液中の性腺刺激ホルモン、LH & FSHの分泌量

 連続5日間、マウスより血液を採取し、血中の黄体形成ホルモン(LH) と卵胞ホルモン(FSH) の量の変化を調べた。折れ線グラフの色の違いは、個々のマウスを示す。右の棒グラフは、左の折れ線グラフの値を平均した値を示す。野生型に比べ、ノックアウトマウスでは分泌量が亢進していた。


図5.下垂体培養における LH分泌

 野生型およびノックアウトマウスの下垂体前葉を培養し、培養液中に分泌された LH の量を測定した。特定のホルモンによる刺激においては、時間経過を追った。 (A) の buserelin は、LH分泌を制御する性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)の類似物質で、 GnRHと同様の働きをする。無刺激時およびいずれの刺激においても、ノックアウトマウスでLHの分泌が亢進していた。


図6.下垂体前葉におけるLH、FSHの遺伝子発現量

A. 遺伝子を鋳型に作られる RNA を3ヶ月齢マウスの下垂体前葉より抽出し、これを用いて遺伝子発現量を調べた。野生型とノックアウトマウスでは、特に差はなかった。
B. 分泌後、下垂体前葉内に残るホルモン量を調べた。蛋白質の電気泳動を行い、特定の抗体によってホルモンを検出したところ、野生型に比べノックアウトマウスではホルモンの残存料が減少していた。


図7.血中の性ホルモンの分泌と性腺刺激ホルモン受容体の発現

図4で示された野生型およびノックアウトマウスの血清を用いて、プロゲステロン(A) とエストロゲン (B) の分泌量を調べた。
(C) また、性腺刺激ホルモンの受容体である LHR および FSHR の、卵巣における発現量を調べた。蛋白質の電気泳動を行い、特定の抗体によって検出した。
その結果、ノックアウトマウスにおいてプロゲステロンの分泌が低下していたが、性腺刺激ホルモン受容体の発現量はほとんど変わらなかった。



排卵におけるPRIP遺伝子欠損の影響

図8.排卵数の比較

 排卵誘発剤等を投与し、一定時間後に排卵した卵の数を計測した。下の写真は、排卵後の卵巣の断面である。CLは、排卵後に見られる黄体である。ノックアウトマウスでは、排卵数が減少しており、卵巣の断面を見ても分かるように、成熟した卵胞や排卵後の黄体の数が少ないことが分かった。


まとめ

 PRIPノックアウトマウスについて調べたところ、

・1回当たりの出産仔数が少ない
・出産の間隔が長い
・ノックアウトマウスどうしの交配において、中には全く産まないペ
 アもあった。
・生殖における異常の原因は、オスよりメスの方にあるようだ。
・子宮が小さい傾向にあった。
・発情期が増えていた。
・血液中の黄体形成ホルモン(LH) および卵胞ホルモン (FSH) の量が増
 えていた。
・下垂体前葉の培養において、無刺激時のLHの分泌量は亢進してい
 た。
・また、buserelin や高カリウムによる刺激においても反応し、分泌量
 が増加していた。
・血液中のプロゲステロン量はやや低かった。
・血液中のエストロゲン量は、野生型とさほど変わらなかった。
・下垂体中の残る LH、FSH の量は減少していた。
・排卵した卵の数は、野生型に比べ激減していた。

 これらのことから、PRIP分子はメスの生殖制御に関与しており、性腺刺激ホルモンの分泌を調節しつつ、おそらく排卵に至る卵の成熟過程において機能しているのではないかと考えられた。




性周期を制御するのに重要な組織とホルモンの相関図



研究課題:性周期制御における新規分子PRIPの役割
研究組織:歯学研究院 審査部門:医療系
採択年度:H21 整理番号:21414(f枠) 種目:E-2タイプ:人文・社会科学及び基礎科学
代表者 :松田美穂(歯学研究院 助教 )

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