医療施設における光環境のEBD
     −医療従事者の健康に配慮した職場設計
研究代表者:古賀 靖子(人間環境学研究院)

1. EBD(Evidence-Based Design)による医療施設の設計

 EBDとは「根拠に基づく設計」を意味し、医療施設などの公共建築の計画や設計を進める上で、重要な考え方の1つになっています。EBDは、1990年代後半に世界的な医療パラダイムとなった「Evidence-Based Medicine; EBM(根拠に基づく医療)」から派生しました。


 EBDは;
 ・建築の計画・設計・建設に携わる者が、
 ・事業に関して入手可能な研究成果や事業案の評価結果のうち、最
  も信頼できる情報に基づいて、
 ・十分な説明を受けた事業主や建築主と共に、計画や設計の意思決
  定を行う

というものです。


 医療施設の設計について、EBDは医療の向上をめざした「患者中心の癒しの環境づくり」という観点から発展しました。しかし、医療従事者の離職問題を背景に「働きやすい病院づくり」という観点も重要と認識されるようになりました。本研究では、建築光環境設計の立場から、医療従事者のストレスや疲労を軽減するような空間づくりに何が必要かを考えることとしました。


2. 交代勤務者のための照明

 交代勤務者は、生体リズムと生活リズムとのずれから、睡眠障害、慢性疲労、生活習慣の変様による種々の健康被害を受けやすくなります。深夜勤務や交代勤務に従事する医師や看護師には、現場の多忙に加えて交代勤務による疲労が、本人の健康の悪化だけでなく、医療ミスの誘因にもなると指摘されています。ヒトの生体リズムは外界の環境周期に同調して、約24時間の周期を示しますが、同調因子のうち最も影響するものは光です。本研究では、光の生理的な影響を考慮した照明方法で、交代勤務者の生体リズムと生活リズムのずれを緩和できないかと考えました。


3. 看護師の業務量・睡眠量調査と病院の光環境調査

 働きやすい病院の光環境設計の要件を考えるため、病棟勤務の看護師を対象に、職場の光環境、業務量と睡眠量、睡眠問題などを調査しました。


★勤務環境に対する看護師の要望
 ・ナースステーションでは明かりの使い分けが必要
 ・外の太陽光のリズムを自然に感じられることが必要
 ・デスク作業のときは手元のライトが必要
 ・夜間、患者の安眠を守りながら、看護師が作業しやすいように、
  照明の工夫が必要
 ・当直室の照明は自分で光量調節できるものが良い


★看護師の勤務環境に関するアンケート調査
(東京・神奈川の4病院;回答数486名)
夜勤中にどれくらいの仮眠時間が取れているか(2008年11月〜12月)

眠気によるヒヤリ・ハットの経験(2008年10月〜11月の間の1ヵ月間)


★看護師の業務量・睡眠量調査
携帯式行動量測定装置を用いた
行動量・睡眠量の測定

看護師の業務量調査(同行調査)

病院Aのナースステーション
(夜間)

病院Bのナースステーション
(昼間)

病棟部の光環境調査

睡眠効率と睡眠中の覚醒回数(睡眠効率70%未満では不眠症の可能性がある)
夜勤の前後では生活リズムが不規則になる傾向があった(大学生のデータは岩田等の既往研究による)


 夜勤明け前の疲労のピークを緩和し、覚醒の低下を防止するには、夜勤中に休憩時間を確保し、質の高い仮眠を取ることが必須です。そのため、看護師の休憩室(控室)は十分に配慮して設けられなければなりません。
 夜間の病室では、患者の安眠を妨げずに、看護師に作業しやすい明るさと照明領域を得る必要があります。また、眼科検査室やエコー検査室では、暗い検査室と明るい部屋との行き来などで目が頻繁な明暗順応にさらされ、視覚疲労を被る場合があります。照明領域ごとに光を使い分ける、拡散性の強い低照度の環境照明と指向性のある作業照明を組み合わせるなど、照明の工夫が重要です。

 本研究は、岩田利枝教授(東海大学工学部)、高雄元晴准教授(東海大学情報理工学部)、大井尚行准教授(芸術工学研究院)が分担しました。病院調査における岩田研究室の卒論生の活躍は特筆に値します。非イメージ形成の視覚に関する実験では、高雄研究室の卒論生に大いに助けられました。また、看護師の睡眠量・行動量調査にご協力くださった病院ならびに看護部長、看護師の方々に深く感謝申し上げます。


研究課題:医療施設における光環境EBD−医療従事者の健康に配慮した職場設計
研究組織:人環、東海大 審査部門:理工学 採択年度:H20 整理番号:20122(f枠) 
種目:B-2タイプ(人文科学・社会科学及び基礎科学) 代表者:古賀 靖子(人間環境学研究院 准教授)
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